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音楽は人々の精神から炎を打ち出さなければならない

僕は今まで生きていてよかった。 この世にこんな幸福が存在したとは知らなかった。

きつねはとうとうオペラを見に行った。 一年間、ずっとあこがれ続けた、オペラを見に行った。 作品はヴェルディ作曲、アイーダだ。

今日の日記はその感想を、さも自慢ったらしく、書いてみようと思う。

「オペラって何を着てけばいいんだろうか・・・」 ふとこう思った。 そこで、散々悩んだあげく、普段は野暮のかたまりのきつねも、今日ばかりは、とびっきりのおしゃれをした。 「これで僕も、上流階級の仲間入りだ。うふふのふだ。」

練馬文化センターに着いた。 僕のオペラに対するかわいい憧れは早くも崩れた。 なんと、来ている連中が、じじい、ばばあばかりなのである。 学生は僕だけなのである。 正直、ショックだった。 「えっ、紳士淑女はどこにいるの?きらびやかなドレスを着たおねえさんはどこにいるの?かっこいい、オールバックのジェントルマンはどこ?」 ダサい、ダサすぎる。何もかもが、僕の理想と違う。 理科大で一番ダサい(と思う)僕でさえ、そう思うのだ。 「じじい、リュックサックはやめろ!」

第一幕が始まった。 さすがはロシアのオケ。予想はしていたが、音がバカでかい!いいぞ!音色は、いい意味で雑である。無骨である。力強い。 こりゃ、凱旋行進曲は期待十分だ。

早速、テノールのアリア「清きアイーダ」が始まった。 僕は、予習でドミンゴのアリアを聴いていたので・・・ きつね 「なにこいつ、たいしたことないじゃん。音がこもってるよ・・・」 僕は早くも批評をはじめた。 すると・・・ 「ブラヴォ!!」 なんと、ぼくの隣に座っているじじいが突然叫んだのである。しかも、ホールの中で叫んだのはこいつ一人だった。 なんだか、こっちまで恥ずかしくなった。

次、ソプラノがアリア「勝ちて帰れ!」を歌った。 きつね 「いや~、さすがはロシア。ドラマチックだね。しかし、こいつは弱音がだめだ。繊細さにかける・・・」 すると、突然・・・ 「ブラヴィ!!」 きつね 「なに~~~!!やつのどこがいいんだ。このじじい、調子に乗りやがって。耳が悪いんじゃないのお?叫べば通だと思ってんのお?」

第二幕。 凱旋行進曲。 ここで、僕の体に信じられないことが起こった。 体中が燃えるように熱くなってきたのだ!! そして、涙が止まらなくなった。

炎が打ち出されたのだ!!

演奏は決してよくない。 しかし、涙がとめどなくあふれてくる。 これは、もう理屈ではないのだ。理解不能だ。 それは、一年間あこがれ続けた、オペラに触れる感動! 救いようもなくうつな自分が、解放される感動! みんなが、必死になってひとつの音楽を作り上げていることに対する感動だった。 音の迫力がすごい。聴いた音が、そのまま涙となり、僕の目からこぼれ落ちる。わけがわからなくなる。 忘我のひと時。至高体験。燃え上がる感動・・・。

僕はそのまま、幕切れまで、ぶっとーしで泣きつづけた。

これだからこそ、僕は音楽を聴くのである。 音楽は、炎が打ち出されなければならないのだ! この定義に沿えばこそ、僕は流行の歌謡曲や、ロックを徹底的に低レベルなものとみなすのだ。バカにするのだ。 この感動は、クラシック(オペラ)でしか得られない。 音楽は、僕に安心と幸福を与えてくれる。 どんなに不幸な時も、僕を慰めてくれる。 なればこそ、クラシックは宗教になるのである。

もっともっと、オペラは、人気になってもよいと思う。 ある本ではこんなことが書いてあった。 「サッカーは擬似戦争であるが、オペラは擬似SEXなのである。」 ワールドカップがあれだけ盛り上がるのだ。 オペラだって、もっと盛り上がってしかるべきである。 オペラで、みんな、はぁはぁしてしまえばいいのである。