EverClassic

醜の中の美

落研神楽坂旧部室、それは、一つの芸術だった。

まず、部屋に散乱する色彩感溢れるゴミが、視覚を楽しませてくれる。足の踏み場がない、という日常ではちょっと経験できないような、レアな体験が、ぼくをゾクゾクさせる。圧巻は、ゴミ袋から立ち上る、芳しいにおいだ。上からゴミ袋を踏みつけようものなら、いつ捨てたかわからないような、ヨーグルトの腐った匂いやらお菓子の腐った匂いが、ポリフォニックに僕に迫ってくる!ベートーヴェンもビックリだぁ!そして、これこそまさしく「キリストがほかならぬケモノ臭立ちこめる馬小屋で生を受けた事実と共通する<醜の中の美>という構図が具現したのだった。」

しかし、この状態では新入生が一人も入ってくれない可能性が大いにあるので、僕は”一人で”(ここは、結構強調されてもよい)部室の片づけをした。

あまりの美しさに、このままでは失明の恐れがあるので、一計を案じる必要があった。そこでぼくは、良質なイメージのシャワーを浴びて目を洗浄するために、新国立美術館に行った。「異邦人たちのパリ」という特別展を見た。シャガールとモディリアーニにとくに感動した。ピカソはあいかわらず、ピカソだった。あんなの、どうでもいいや。

そのあと、NHKホールに行って、N響のコンサートを聴いた。曲目は、ブラームスの悲劇的序曲。Rシュトラウスの4つの最後の歌。そして、シェーンベルク編曲ブラームス作曲のピアノ四重奏曲。

最後のが曲者だった。僕は、その曲を聴いたことがなかったが、たいしたことないだろうと、たかをくくっていた。今日のメインは、4つの最後の歌だと思ってたし、僕はそのために来たのだった。グリコのおまけみたいなものだと思ってた。しかし、現実は衝撃的だった。

僕は、第三楽章からずっと、泣きっぱなしだった。涙がどんどんあふれてきた。はなみずがぐちゃぐちょ出てきた。曲が終わったら、顔はネチョグチョキュロになっていた。僕はあまりの感動に、固まってしまった。ようやく我に返り、ハンカチを取り出して、涙と鼻水を拭いて拍手を始めた頃には、もうみんなの拍手がやみかけていた。そのあと、目を真っ赤にしながら電車で帰った。

男が公共の場所で号泣するなんてありえない!だらしない!恥ずかしくないの?と思う人もいると思うけど、僕がダメなわけではないのだ。斜め前のオバサンも、ハンカチ片手に号泣していた。音楽がよすぎるのだ!