EverClassic

悲愴聴き比べ

アシュケナージ、ホロヴィッツ、グールド、ギーセキング、コヴァセヴィチ、バックハウス、のだめ、ナット、シュナーベル、ツィマーマン、ケンプ

●ウィリアム・ケンプ 4:55  安定したリズム。バランス。やや陶酔的。甘い音色。けっこう好きなほうの演奏。中盤の終わりで、運命の鐘が鳴るように、高音が強調される。そのあとに地中から毒ガスが湧き出すような、低音のリズムがザ、ザ、ザとスタッカートで鳴り響き、不気味。

●アルトゥール・シュナーベル 6:03  遅い!のろのろじとじと演奏。音楽に溶け入るような、時間がとろけるような演奏。中盤の盛り上がりも、盛り上げない。その後の弱音が恐ろしい。三度目のロンドに入るところで、ちょっと盛り上げるが、そのあとはのろのろのテンポで、そこに希望はない。諦念に満ちた演奏。

●のだめ 4:19  驚愕の演奏!すべてにおいて異端。楽譜の指定をほとんど無視してる。変態的、猟奇的演奏。プロではできない演奏。テンポのゆらしが異常。激しいところは、これでもかというほど激しく弾く。鬼気迫る。遅いところはじとじとネチネチ弾く。でも、悲愴らしくない。フレージングも全くの楽譜無視。聴いていて痛快になる。

●スティーブン・コヴァセヴィチ 5:33  手持ちの音源の中で、唯一自分で金を払って手に入れた。(あとは、図書館で借りたり、ネットで拾ったり・・・)。音質が一番よいので、まずはそこで評価。音楽は恐る恐る進んでゆく。でも、シュナーベル的な暗さは出ていない。澄み切った、さわやかな夜の演奏。これが月光でもよい。中盤の盛り上がりも、しっかり盛り上げ、その後もしっとりと歌い上げる。理想に近いかもしれないが、普通すぎて、これはという発見や、驚きがない。聴いてて飽きる。

●ウィリアム・バックハウス 4:49  まず驚いたのは、中声部の音がしっかり出ている。他の演奏は、高音のメロディーを強調し、低音を支えにして、中声部はほとんど出ていない。これが他の音源との一番の違い。これからどういう効果が生まれるかというと、低音が補強され、安定感が生まれる。陶酔感は他に比べると、ない。悪く言えば、冷めてる。でも、しっかりと、確然と、音楽が進行して行く。ベートーヴェンの厳密性を表す演奏。音の粒も、それぞれしっかりと独立していて、えっ、ペダル使ってるの?と質問してみたくなる。(僕の演奏は不協和音のべちゃべチャ演奏だから、こういうバランス感のしっかりした演奏にはものすごく惹かれる)。

●ワルター・ギーセキング 5:16  特徴は、メロディーラインが、はっきりしている。それでいて違和感がない。これは、歌なのだということを教えてくれる。(バックハウスは?)テンポは遅く、微妙なタメがよい。伴奏は、静かにさざめくようで、本当に支えのようだ。こういうバランス感覚の演奏をしたい。テンポはやや遅く、陶酔的だ。昔の人は、陶酔的に弾く傾向があるようだ。

●エミール・ギレリス 5:46  そのギーセキングと同じくらい、メロディーラインがはっきりしているが、こちらの方が音色は明るい。音質は、言うまでもなく、いい。僕は、暗いほうが好きだ。美しく陶酔する悲愴よりも、孤独の匂いがする悲愴が好きだ。ところどころ、しっかりと低音を響かせ、安定させる。中盤は、テンポを上げず、じとじとと攻める。低音をやや誇張して、ずっしりと攻める。これはこれで個性的だ。他の演奏は、ここで若干テンポを上げるのに。あまり歓喜の瞬間ぽくない。ほかにも、細かいところでいろいろとフレージングが個性的で、面白い。

●ウラディーミル・ホロヴィッツ  5:27  メロディーの歌わせ方が好きだ。微妙な揺らぎがあり、かよわいような、揺れ動く不安な心。歓喜の盛り上がりは、本当に嬉しそう。というか、ふつうに美しい。いや、これがベスト演奏じゃないか?違和感がない。普通に立派。普通に最高。ここぞというときの弱音の使い方が上手い。やさしい。あたたかい。ググットくる。

●クリスティアン・ツィマーマン 5;08  初めは陶酔的過ぎるので、あまり好きではない。音がくぐもっていて、音の粒がそろわない。でも、僕が出す音に一番近いかもしれない。つまり、ぼくは自分で引く演奏が嫌いなのだ。揺らぎと勢いを大切にする演奏。中盤の盛り上がりの後、テンポを落とさず、後半になだれ込んで・・・・あれ、テンポが速いぞ。前半と後半の対比を一番明確に描いた演奏かもしれない。孤独⇒歓喜⇒絶望⇒諦念という流れ。時間も、なにげに速い。

●イーヴ・ナット 5:04  伴奏部を押さえすぎて、やや貧弱な印象を受ける。メロディーはたどたどしく、無骨な印象がややよい。二回目のロンドで、一回目よりもメロディーが大きくなった。盛り上がりの後、音をとても抑える。やや違和感。そして、三回目のロンドは、これまた抑える。

●ウラディーミル・アシュケナージ  4:58  やや陶酔的。伴奏つよめ。伴奏とメロディーの対比を弱くすると、陶酔的な雰囲気が出てくる。中間部は、しっかりとリズムを刻む。その効果が一番の盛り上がりで功を奏し、なかなか派手な演奏になった。最後も、やや強く演奏。でも、まあいたって普通めの演奏。あまり個性的ではない。

●グレン・グールド 4:43  真打登場。プロの演奏の中では最も異端。(のだめの演奏には勝てん)。まず、冒頭から速いテンポで、陶酔とは無縁の音を奏でる。このテンションがイイ。淡々と音楽は進行する。二度目のロンドはややテンポを落とす。中盤も、あれっ、と思うほどに盛り上がらない。低音を鳴らさず、わざとそっけなく通り過ぎる。しかし、ここからがすごいのだ。三度目のロンドは、音量が大きくなり、テンポも上がる。音楽がどんどん盛り上がってゆくのだ。今までの抑制はここのためにあった。まさに、希望に満ちた音楽なのだ。他の演奏者はここに諦念を表現するのに、彼はここで希望を表現した。この解釈が驚愕なのだ。すごい。