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最後の読売日響に行った

就職間近で、最後のことが続く。 今日は、朝の9時から大学で勉強。自分って、偉いな。 二宮金次郎と天才バカボンを足して2で割ったものに、醤油をたらしたような偉さだ。

3時からは、後輩の落語の会を見に行く。出てくる演者がみんな1年生。 はっきりいってしまおう、退屈以外なにものでもなかった。 みんなみんな、人に見せるレベルには達していないし、これを見せることは恥ずかしいことだと思った。 しかし彼らの演技を見ながら、それは自分にも言えることで人からみたら自分の演じてきた落語なんて鑑賞に堪えないひどいものなのだろうと思った。自己批判しすぎて、精神が凹んだ。なにをしているのだろう。

夕方からは読売日響とスクロヴァチェフスキ。 今夜が、学生券で聴く、最後の演奏会。20日のコンサートは3000円のG席で聞かなければならない。 1000円を払いながら、悲しくなってきた。

ワーグナー タンホイザー序曲 ショパン ピアノ協奏曲第1番 シューマン 交響曲第1番「春」

昨日、映画「アバター」を見た。アバターは、とても映像が美しかった。

しかし、である。

今日のスクロヴァチェフスキの演奏は、自分の信じる感覚で判断すれば、アバターよりもずっと美しい。 旋律も美しいが、スクロヴァチェフスキの即物的な響き、音をすみずみまで鳴らして構築していくそのさまもまた、美しい。

クラシック音楽は、3Dの映像美よりも、はるかに美しい。 まだまだ、クラシックは死なない。

それに比べて、落語はアバターには勝てないと思った。 講談なんて、ひとたまりもないと思った。 ときがテンに襲われたことでニュースになったが、3D映画の出現によって講談が死に絶えそうであることはニュースにならない。

21世紀の芸能は、どこへ向かっていくのだろうか?