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これがブレヒトだ!コンヴィチュニー演出二期会の喜劇『マクベス』

コンヴィチュニーが演出するときき、東京上野文化会館にマクベスを見に行きました。

オペラ全4幕《新制作》 日本語字幕付き原語(イタリア語)上演 台本: フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ (原作:ウィリアム・シェイクスピア「マクベス」) 作曲: ジュゼッペ・ヴェルディ

指揮: アレクサンドル・ヴェデルニコフ 演出: ペーター・コンヴィチュニー

配役 5月1日(水) マクベス 小森輝彦 レディ・マクベス 板波利加 マクダフ 井ノ上了吏 バンコー ジョン ハオ マルコム 村上公太 マクベス夫人の侍女 野口知香 医者 伊藤 純 ダンカン 加賀清孝

今日は、会社の割引がきいたのでS席で鑑賞。二期会は割引が聞くのでウレシイ。逆に言うと、二期会しか割引が聞かないので、コンサートゴーアーなあたしとしては悲しい(T_T)

マクベスが喜劇だと初めてしった

マクベス初日ということで、ネタバレしないように恐る恐る書きます。

エフゲニー・オネーギンのときははじまるまえにいきなり登場人物が叫んだので今回もなにかあるのではと期待して早めに席につく。

舞台がはじまるまえに、『正』の文字がかかれた黒板が幕のそとに置いてある。これは、のちほどマクベスが殺人を犯した時に更新されていく役割を果たす。

冒頭ら面白い。汚い台所からはじまる。トリ?に扮する魔女の集団が踊りまくる。ハチャメチャな騒ぎが舞台で繰り広げられる。この魔女たちは、普通の一般人が社会の運命に翻弄されて落ちぶれた象徴らしい。しかし、この魔女たちの動かかたがほんとうに面白い。

マクベスは喜劇だったのか(∩´∀`)

と思うほどに愉快だった。以下、他のサイトの記事を引用。

魔女失格の善人が落ちた悲劇 世界的巨匠が描く東京二期会オペラ「マクベス」+(1/2ページ) - MSN産経ニュース

グロテスクなまでの喜劇が書き込まれ、滑稽な人間の姿が悲劇と鮮やかなコントラストをなします。人間が抱える矛盾、時代がいかに変わろうとも消えない社会の問題も、この対比の中に潜んでいます

魔女は社会から疎外された人々です。ヨーロッパの社会では悪魔と結託した者として断罪されました。彼女たちは争うことを宿命づけられた男性社会の被害者です。シェークスピアが描いた中世の王室は血で血を洗うような抗争の連続ですが、個人的な対立が社会全体の争いとなることは現代も変わりません。私たちは、あらゆる対立と決別しなければなりません

マクベスも夫人も健全な良識を備え、愛情にあふれた普通の人間です。魔女のそそのかしに揺れる弱い人間です。マクベス夫人は本質的に善人であり、魔女の失敗作です。悪行の末に断罪されたのではなく、社会の渦に巻き込まれたのです。これは今も起こりうる悲劇です。いつもどこかに魔女が潜んでいるのです

コミカルな音楽に合わせて、群衆が踊ったり騒いだりする。(王様・・・((´∀`))www)殺害のシーンも大群の魔女たちがワイワイガヤガヤで見世物のように、アッサリと演出される。コンヴィチュニーの演出は、やたらとひとが中心に立ち上がり、その周りを群集がクルクルと回るのが常套手段のように見える。でも、シメるところはシリアルに締めるので安心して聞けた。

第三幕は、火薬をやたらと使っていて、火災検知器を心配してしまった。客席を照らしだす照明といい、最後のチープな感動を拒む演出はまさに

ブレヒト演出っ!( ー`дー´)

て感じだ。フィナーレは案外、北朝鮮をアメリカが制圧したのを日本人がテレビで見ているシーンの暗喩だったりして。

・・・・

合唱はややオケに負け気味に感じたけれども、後半に向けてよく声がでてきたように思う。さすが、二期会合唱団と思わせる、力強い統一感もところどころあった。

マクベス役の小森さんはあまり声が出ていないように聞こえた。キャラ的には合っていた。マクベス婦人にいびられて、殺人の恐怖に慄くキャラには合っていた。 マクベス婦人役の板波は、とても迫力ある力強い歌唱力だ。感情移入を拒む姿もブレヒト並。

学生のときに、コンヴィチュニーのオペラ演出について許光俊氏の本をよんだり、図書館でブレヒトの演出論の本を読んだりして、本で読んで知っていたつもりだったけれども、初めてそれを劇として見た気がした。

コンヴィチュニー、オペラを超えるオペラ

演劇論