[ノリントン・N響・ベートーヴェン]ヒゲおやじの運命交響曲と音楽の表現について
今日は会社を休んでNHKホールへ。
第1765回 定期公演 Cプログラム 2013年10月25日(金)開場 6:00pm 開演 7:00pm NHKホール
ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第3番 作品72 ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37 ベートーヴェン/交響曲 第5番 ハ短調 作品67「運命」 指揮:ロジャー・ノリントン ピアノ:ラルス・フォークト NHK交響楽団
今日の指揮者は、偉大なるヒゲおやじ「サー・ロジャー・ノリントン」さんです。毎年N響に登場するのでお馴染み。
前半のプログラム
N響、前半のプログラムはあまりに素晴らしく、気づいたら寝てしまった。 (@ NHKホール w/ 3 others) http://t.co/SZEekmnuvo — きつね (@tsu_nera) October 25, 2013
不覚の至り。最近は前半のプログラムを寝てしまうことがおおい。コンサートですら寝てしまうのだ、いわんや平日の寝坊をや、だ。
雰囲気だけレポート。コンチェルトとは、いままで見たことがないような楽器の配置だった。
ピアノが舞台中央に置かれて、演奏者は客席に背を向ける。鍵盤が丸見えなのは、嬉しい。そして、演奏者たちはピアノの後方を焦点にしてすわる。一体指揮者はピアノの上にでも乗るのかしらとおもったが、期待を裏切りピアノの横に座った。
かわいそうなのが金管楽器舞台。弦楽器は優遇されているが、彼らはステージの橋の方に追いやられていて、まるで島国だ。もっとかわいそうなのが、フルート。ノリントンの背中しか見えない。
そんなスタイル。
ノリントンの響きについて、これは嫌いだ。はっきり言おう。
嫌いだ(´・д・`)
ノン・ビブラート奏法といい、演奏にビブラートをかけない。その結果、ピュアな響きになる。1930年代まではビブラートをかけない演奏スタイルが一般的だったらしい。しかし、である。自分の耳にはあわない。これは、ある人にはにんじんが美味しく感じても、自分はにんじんが嫌いなのと同じ原理。
演奏スタイルについても、はっきり言おう。
嫌いだ(´・д・`)
響きが明快なのに加えて、テンポも軽快。プログラムにもあるように、モーツァルトやハイドンのようにベートーヴェンを演奏する。ロマン派的なねっとりとした印象よりも、機能的な古典派の演奏をする。それはそれで、斬新だし、新しい響きや発見で満ちている。ノリントンの演奏はどこを聞いても工夫が凝らされていて、飽きることはない。しかし、響きとテンポが嫌いだ。
後半のプログラム
というわけで、後半の運命交響曲。
出だしから、水が流れるようにサラリとはやい。というか、ダ・ダ・ダ・ダーンという「・」がききとれない。極端に言えば、だーーーーーーん、という出だし、おりょ(・・;
高速な、ハイドンの交響曲のような軽快さで第一楽章を駆け抜ける。ノリントン一流のウィットがいろんなところに隠れていて楽しめる。第二楽章、第三章章も、運命の主題が、ほらここにも、ほらここにもあるんだよー、と教えてくれるように強調されて演奏される。
・・・
おりしも、今日は私の誕生日である。私がクラシック音楽を好きになり始めたのが、今から10年前くらい。誰もがそうであるように、自分もベートーヴェンの運命交響曲が大好きだった。
Durch leiden freude
この言葉を書いた紙を机に張ったり、メモして持ち歩いていた。そんな時期もあった。まだ、コンサーにも行ったことがなかったけれども、クライバーやフルトヴェングラー、トスカニーニなどの運命をなんどもなんどもきいていた。
あれから10年がたったのだなと思いながら、今日の演奏をきいた。第四楽章は、久しぶりに本当に感動して号泣。10年前と同じことを考えながら、きいていた。苦悩を抜けて歓喜へいたろうと思いつつ、まだ自分は第一楽章の展開部だ。でも、歓喜を夢見ている。
ノリントンは、いろんな演奏スタイルがある中で、それでも独特な個性をだそうともがいているように見える。表現の方法が出尽くしたように思える中で、さらに新たな可能性を模索しているような。そうでなければ、ノン・ビブラートなど使わないだろう。でも、演奏スタイルや表現などは、こうなってはどうでもよいことのように思えた。初めてクラシックを聴き始めた頃は、そんなことは考えていなかっただろう。
音そのものに対峙すること、作品をリスペクトしてそれを真剣にきくこと、これが大事なのだなと、改めて考えた。