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N響にマゼールが登場。音楽の大聖堂を作り上げる。

昨日はようやく遅めの夏休みをとった。気づかないうちに、もう秋がやってきたようだ。

とりあえず、秋用の服をタンスから引っ張りだして、NHKホールへ。

N響にマゼール現る

第1736回 定期公演 Aプログラム 2012年10月13日(土) 開場 5:00pm 開演 6:00pm NHKホール

チャイコフスキー/組曲 第3番 ト長調 作品55 グラズノフ/ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品82 スクリャービン/法悦の詩

指揮:ロリン・マゼール ヴァイオリン:ライナー・キュッヒル NHK交響楽団

N響をマゼールが指揮するのは、初めてらしい。 マゼールが来て指揮をするというと、カラヤンがやって来たくらいスゴイことだと思う。

音楽は、とても力強い。 マゼールの出す音は、全ての音が通常よりもやや強め(1.1倍くらい?)に聞こえる。

上品というよりは、野性的な響きがする。 明確な構造を意識したメリハリのある演奏だ。

前半のプログラムから、大迫力でアゴが震える感動を覚えた。 チャイコフスキーの組曲第3番は、交響曲第4番と5番の間に書かれたらしい。チャイコの交響曲というと、感情没入して感動をするような曲だけれども、この組曲は純粋に音楽的な響きを楽しむことができた。

エクスタシーのポエムと訳すのが正しい??

後半のプログラムはスクリャービンの『法悦の詩』。 邦訳が法悦ということばは,直訳するとエクスタシーらしい。

轟く、この言葉が似合う。 マゼールは派手な響きなので、大音量のと音楽が似合う。 官能的なというよりは、宇宙的な魅力を感じた。

ただし、個人的には、前半のチャイコの方が断然好みだけれども。

この曲は、他でも言われている通り、響きは前代未聞の輝かしさだけれども、心の奥底まで響く感動につながらないのは、負の部分との対立が弱いからだろうか?

法悦とはなにか?

パンフレットには、この音楽に対してスクリャービンが詩を書いていると書いてあり、最後の一節が紹介されていた。

「宇宙は喜ばしい叫びに響き渡る。我あり!」

Googleで、原作のテキストを探してみたが、残念ながら見つけることはできなかった。 現代の『法悦』という言葉が、エロい音楽の代表作のように一人歩きしているような気がした。

自分の感じ方はそんなことは全然なくて、『生きることの肯定』のような感じ方をした。 このエクスタシーという言葉も、法悦ではなくて、神聖と訳すべきだ、という意見もあるらしい。

音楽に包まれることで、なんだか浄化されたきぶんになる。 まだまだ、クラシック音楽教から改心する日は遠い。