N響100年記念演奏会 マーラーの復活でギーターの世界観を観た
N響100年記念マーラー「復活」演奏会にいってきた. 指揮はファビオ・ルイージ.
N響100年記念 特別演奏会 マーラー「復活」 | NHK交響楽団
感動で呼吸が止まる
コンサート体験だが、普段の瞑想のように音楽を聴くと、どんどん呼吸が遅くなっていくことがわかる. スマートウォットはなんと後半30分くらいをお昼寝と誤判定した。違う!いびきを立てていたのは後ろの席のおっさんだ!
そして、呼吸数の減少とともに、身体のピリピリ感、涙、そして胸や背骨が熱くなる身体感覚も立ちあがってきた. 仙道やヨーガが何処まで真実なのかはわかないが、クラシック音楽においても、感動が極まってくると、身体は不思議な反応を示すことは確かな気がする. クラシック音楽教でケーヴァラクンバカを達成したい.
マーラーの復活とロランのジャン・クリストフ
わたしにとって復活とは、ロマンロランのジャン・クリストフの小説の音楽だった. それらは「はじめに行為ありき」というようなファウスト的世界観、やニーチェ的な生の肯定、または「苦悩を抜けて歓喜へ」的なベートーヴェン的な思想背景にあった. 学生のころの自分はこういう理解だった.
クリストフは, 万策尽きるまで努力したが, ついに, ゆきずまった. いまや, すべてが終わった」. 彼はもはや, 生きるなんらの理由ももっていなかったが, しかも生きていた.
ある日, クリストフは小さな村にやってきた. 男が立っていた. クリストフはたずねた.
「なにをみているのですか」.
待っているんだ.
「なにを」
「復活を」
その言葉が, 一閃の火のように彼を貫いた.
「おお, おまえ, おまえだ. ついに帰ってきた」.
なぜ戦う必要があるんだ. お前は<存在>する<すべて>ではないのか「わたしは<存在>する<すべて>ではない. 虚無と戦う生命なのだ. 私は闇に燃える火だ. 私は永遠に戦う自由な意思だ. 私といっしょに戦え. そして燃えるがよい」. 僕は敗れたんだ」. お前が敗れたって. それではほかのものたちが勝利者になる. お前のことを考えないで, お前の軍隊のことを考えるんだ」. 「ぼくはひとりきりだ」. 「おまえはひとりではない. お前は決して敗れることのない軍隊に属している. お前は死んでもなおかつ勝つだろう」.
バガヴァット・ギーターの世界観から復活を解釈すると
去年、ロマンロランがヴィヴェーカーナンダの思想に影響を受けたことを知った. そして、ジャン・クリストフにはバガヴァットギーターが引用されていることを知った. そして先週から、シバナンダヨーガのクラスに通い始めた. ヴェーダーンタ哲学を体感したいから. 今回は東洋思想やヨーガでアップデートした復活の解釈を考えたい.
マーラーの復活の場合、人生の意味を「私は神から来て、神のもとへ帰る」という復活の物語と解釈して、その物語を音楽の力によって絶対的な信仰として強化するよう努めた. 交響曲のフィナーレで立ちあられる神秘を神とすると、マーラーの前提とするキリスト教における神も、ギーターの世界観であるアートマンも同じだ.
ただ、マーラーを含む西洋的な世界観だとわたしと神みたいな1対1の関係性があるが、ギーターの場合、世界は一つでありその部分としての私という世界観がある. わたしが苦しんでわたしが復活するのか、それともわたしがもとの全体と合一するのか.
ここの部分が、むかしの自分と今の自分で違うところだ. マーラーの交響曲復活のフィナーレにおける音楽の神秘体験はあるんだが、それをどう解釈するかの部分. わたしが苦しんで私が死によって意味づけられわたしが上昇して復活するのか、それともその執着するわたしが部分であり全体ならば意味もへったくれも勝利も敗北も関係ないのか.
この解釈から意味を力に行動しようとすると、死によって虚無は意味の救済を与えらるからこそ苦しみに耐えて行動するのか、そもそも意味を放棄して行動だけに注力するのかということになる. それは努力して苦しんで救済されるという物語か、それともカルマヨーガのような非執着の行為かというモチベの問題となる.
次はN響150周年記念コンサートへ
いまいち、語彙力と思想背景の理解の両方が足りないからか、まだ自分のなかでキレイに整理できてないが、とりあえず今回は、復活に対するわたしの解釈が変わったとうことを記録しておきたい. 復活は大好きな曲なので、まだ死ぬまでになんどもコンサーと機会があれば通うだろう.
最近はもうクラシック音楽も熱心に聴かなくなり、あまり今後も熱心になる気もしないが、とりあえず死ぬまでの暇つぶしとしてN響コンサートには定期的に通うかなとは思っている. はじめてN響コンサートにいってからもうすぐ20年なんじゃないかな. N響はあと50年くらいは続いてもらわないと困る. 150周年記念にも行きたい.